ミトコンドリアの役割
ミトコンドリアの遺伝子異常が、癌の原因の一つになっているというのを知っていますか。
ミトコンドリア癌起因説、「ワールスブルク効果」という学術的推論が発表されたのは1955年のことです。
今は2019年ですから、かれこれ64年前のことになります。
この仮説を発表したオットー・ワールベルク博士は、腫瘍の代謝と癌細胞の呼吸の研究をしていました。
その功績が認められ1931年に「黄色酵素の性質と製造法の発見」でノーベル賞を受賞します。
その後、1955年に、癌化する細胞の呼吸の仕組みについて発表します。
実験の内容は、細胞を無酸素状態にして細胞がどういう変化をしていくか調べるというものでした。
細胞内のミトコンドリアは、もともとは嫌気呼吸の生き物ですから、
無酸素状態の環境にされて酸素がなくなると、生き残るため
自分がかつて持っていた嫌気呼吸(発酵)を使い始めていたのです。
そして、元の酸素のある環境に戻しても、多くの細胞は壊死するのですが、
ごく一部が、切り替わった嫌気呼吸を昇進させて使って生き残りました。
これが、普通の健康的な細胞に影響して、癌組織となるのです。
ワールスブルクの学術的推論が日本の研究科チームによって立証される
その後、検査機器の発達により分子レベルで細胞が解明され始めました。
発表時から53年たち、2008年、素晴らしいことに日本の研究チームが、
オットー・ワールベルクの説を立証する形になりました。
筑波大学の林純一教授のチームが、がんの転移能獲得という細胞の悪性化に
ミトコンドリアが関与していることを立証したのです。
ミトコンドリアの遺伝子(mtDNA)は約16.5Kbp(キロベースペア:約16,500塩基対)あり、
対してヒトの遺伝子の数は約3Gbp(ギガベースペア:約30億塩基対)あります。
同じ一つの塩基が損傷したと考えると、mtDNAとヒトのDNAでは、数十倍も受けるダメージの差があります。
しかし、ミトコンドリアのDNAは影響力が強く、ヒトの核DNAに影響が出てくるのです。
mtDNAの突然変異によって、がん細胞になっていき、さらには癌の組織化を誘導しうることをあきらかにしました。
これによりミトコンドリアが、ATP合成以外の生命現象にも関与することを明らかにしています。
死を持たないのが単細胞生物
地球上の8割の生物は死を持ちません。
もちろん、環境が変わったり、力が加わったりした物理的な死はありますが。
私たち多細胞生物のような自己死、アポトーシスという機能は単細胞生物にはないということです。
アポトーシスとは、ギリシャ語のapo(離れて)とpotosis(落ちる)の合成語で、
「枯れ葉が木から落ちる」という意味があります。
アポトーシスの代表的な例は、オタマジャクシがカエルになるときに尾が消えることや、
ヒトの赤ちゃんがおなかの中にいるとき、水かきのような手から、手指に成形されていくときに、
指と指の間にあったものがなくなっていくときなどです。
通常、単細胞生物Aは、細胞が分裂してA1、A2となり、A1もA2も生き残ります。
ところが、多細胞生物の場合は、細胞Aが分裂するとA1は自己死してA2だけ残る仕組みになります。
これは個を守るためで、例えば、私が半年に一度分裂して、1年後さらに二人になったら困りますからね。
アポトーシスの指示を出すのは、ミトコンドリアです。
ミトコンドリアは死をもってそれぞれの細胞を統制し、生命体としての個を維持しているのです。
そのため、ミトコンドリアのDNAが異変を起こすと、上手にアポトーシスせずに、
残してはいけない間違った細胞が残ることがあるのです。
これが、癌化した細胞が疾患としての癌になっていく始まりになります。
ミトコンドリアという小器官は、
エネルギーを生み出したり、細胞の統率をしたり、自分が困った状態になると他の細胞を巻き込んだり、
とにかくいろいろと仕事が多いのですが、
へそを曲げると大変なことになる小器官なのです。